
そろそろモノクロームプリントもデジタルを研究しよう。
カラーはデジタルでいいとすっぱり割り切れたのはアナログで外注するより自分でプリントできるから。モノクロームも暗室で自分でプリントするのと同等の質のプリントをデジタルで実現できるのであればそれでよいだろう。
いまのところ自分では同等とはいかないのだけれど、他のひとのデジタルモノクロームプリントをギャラリーで見るとアナログかデジタルかボクには見分けがつかない。であれば、研究すれば自分でもアナログと同等にもっていけるだろうという期待なのだ。

これは、家にあるカメラの中で一番長い間持っているものだ。ボクが中学生のとき父から貰ったニ眼レフで、どこかで中古のを廉く買ったものをくれたんだと記憶している。
そういえば10日ほどまえが父の命日だった。当日もシゴトで忙しい一日で、ふと命日だと頭の片隅で思い出したけれど特段の供養もしていない。それだけ橋の下をたくさんの水が流れたからだ。
レンズが曇っているは、フォーカスのヘリコイドがガタガタに緩んで光線漏れはするはで、オブジェ状態なのだが、何回かの引越しでも無くならず手元にある。思い出の品だからというのもあるけれど、ボクが随分長いこと写真に関わってきているその出発点になったカメラだから。
おそらく4~5年使ったところで光線もれして、その後は使っていない。その頃はすでに一眼レフの時代でぼくも家にあったペンタックスを使い出した。
このブリキ細工のような手触りのヤシカの二眼レフを修理しないのは、ボクが実用した結果壊れてしまい、でも新しい35mm一眼レフに乗り換えたということの流れで、いまオブジェになっているからだ。

ある日ある洋食屋でひとりランチを食べ終わろうとするころ、ちょっと職人肌の料理人が声をかけてくれた。「シチューのソースにライスを入れて食べるといいですよ」。レストランでそんな行儀の悪いことが許されるのか・・・まして料理人から奨めてくれるのか。美味しいデミグラスソースだからそんなの旨いに決まってるではないか。このやりとりでこの料理人は信用できるのじゃないかと感じたし、機会があるとこの洋食屋に通っている。
料理人やサービスしてくれるひとは、ボクが思う以上に客の食べかたを見ているのだろう。ボクは一人で食べることも多いのだが、一見やそれに近いレストラン・食事どころでけっこう声をかけられている。おいしい食べ方やお奨め料理などを教えてくれる。彼らと話していてなんとなく分かってきたのだが、どうも美味しい料理を前にすると旨そうに食べているらしい。
料理人っていい商売かもしれない。なにもしゃべらなくても自分の作った料理を客がきれいにたいらげてくれたら、それは嬉しいだろう。唐突だが、自分の写真が売れて嬉しいっていうのに匹敵するかもしれない。

DP2メリル用にハンドストラップを新調した。
このカメラの手持ちでのボクの撮影スタイル--移動の時はカメラはカバンの中にあり、撮影をしだすとカメラを手に持って長い距離を歩くというスタイル--に合うようになっている。また背面のボタンの操作がしやすいようにしてあり、不注意による手首からの落下を防ぐ工夫もしてある。
実はこのストラップが納品されてのち、このようなオーダーでの注文を受け付けておられないということが分かって、実は吃驚すると同時にちょっとウロタエテしまった。このショップはカメラ関係のアクセサリーを皮革でとても丁寧に制作されることで良く知られている。ここのオーナーがDP2メリルのユーザーであることから、ボクのわがままを寛大に(またはちょっとした遊び心で)受け入れてもらえたのではないかと今となっては推察している。
このような事情で残念ながらショップ名を記すことが出来ないけれども、メリルをしっかり使い込むことでこのストラップも自分に馴染んでくれそうだ。丁寧に作られた日本の製品だからこそ、そのような期待が出来るのだろう。良いものはある程度コストがかかるものだし、モノの価格にはそれなりの理由があるということを改めて認識することができる良い経験でした。
Sさん、ありがとうございました。