SHIN'S PHOTO GALLERY

写真とその周辺について書きます

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MIO PHOTO OSAKAの公開ポートフォリオ・レヴュー メモ


↑成田 貴亨さん撮影。森村泰昌氏よりレヴューを受けるボク。

MIO PHOTO OSAKAの公開ポートフォリオ・レヴューを受けてきた。レビュアは美術家の森村泰昌氏で約15分間のやりとりがあった。ここでのやりとりの大要を防備録として書いておきたい。また、写真を撮る若い方の参考になるかも知れない。


レヴューは次のように進行した。
まず、森村氏より自作についての説明を求められた。
これに対し自分の氏名、自分が何故写真をやっているのか(写真でやりたいこと)、今回持ち込んだ作品のタイトルとコンセプトを話した。

次に森村氏より長く写真をやっていると思うが初期から現在に至るまで何か変化はあるかとの問いがあった。
これに対して学生時代の楽しみとしての写真、娘が生まれてから猫と出会いよく分からず撮影した大量の写真を発表するときに何か伝える写真に出会ったこと、猫と町の関係を写真にしたこと、初心に戻って街の写真を再び撮っていること。

次に森村氏よりでは街を撮っていてどんな風に思うかと問われた。
1990年代から現在に至る街は(人のファッションや顔つきも含めて)ツルピカになってのっぺりしてきていると感じる、自分はそのことを好ましいとは思っていない、違和感があるので沢山撮れないと話した。

森村氏から今回の写真はのっぺりしたツルツルとざらっとした手触りのある街が拮抗しているところで撮られている、齋藤がコンセプトで触れた「彫刻のように見える写真」と通じるのではないか。また若い人はこのツルピカをリアリティと感じて写真にしている、との示唆があった。

次に森村氏から今回の写真は齋藤の批評性も感じられやりたいことは分かるが、次の写真はどうするのかとの問いかけがあった。
時代の流れからいって街からざらっとした手触りが増えるとは考えにくい。なのでますますツルピカになると仮定すれば、自分の違和感をどう写真に取り込んでいくかという課題が出てくるのではないかと答えた。

このような大まかな対話があり15分の持ち時間が終了した。

森村氏がどの作品を次回の個展に推されるのかは神のみが知っているのであるけれども、結果のいかんに関わらず今回の経験は貴重なものであった。示唆して頂いたことは改めて自覚できたことであったし、批評性に言及されたのはまだ写真をしっかりやってよいと背中を押されたのだと思う。

しかし、自分の写真を前にして人と話すことは(レヴュー)、公開であろうとクローズドであろうと緊張する。何度経験しても慣れるということがない。

一方でレヴュアの大変さを改めて理解できた。入れ替わり立ち代り持ち込まれる写真とその作者と対話し続けることは大変な精神労働だ。森村泰昌氏に深く感謝します。また、今までにボクの写真をレヴューしてくださった何人もの方にも改めて感謝します。

今回貴重な機会を与えていただいたMIO PHOTO OSAKAのみなさん、MIO PHOTO OSAKAの今年のレギュレーションを教えてくれたGallery Limelightのコジマさん、見にきて頂いたみなさんに感謝します。

MIO PHOTO OSAKAは3月4日(日)まで様々な催しをやっています。ぜひお運びください。
http://www.miophoto.jp/


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